信州旅行記 -出発編-
出発当日。
「明日休みか。羨ましいよ。」
隣のオッサンが羨望と嫉妬が混ざった様な目で話しかけてくる。
喧しいな、と思いつつもそう言ったら御自慢の鉄拳で殴るんだろうなあと思い、適当に往なす。
「御土産、買ってきますよ。今度は温泉饅頭で。」
仕事を定時で切り上げ、サッサと家に帰る。
バスは午後11時に川崎駅発だ。
最近は9時には眠りについていたが、
気持ちが高鳴り過ぎてしまい、8時半には家を出た。
パンパンに詰まったノースフェイスのリュックサックを背負い、出発まで川崎駅周辺を彷徨く。
小汚い格好の若者が馬鹿騒ぎし、
忘年会終わりのサラリーマン達が道を塞いでいる。
路面には吐瀉物、そして安物のチューハイの缶。
川崎には長年住んでいる故慣れていたが、
最近はもう歓楽街を歩く気力もないので、鬱陶しくて仕方なかった。
こんな所早くぶっ壊せば良いのに。
またお決まりの破滅願望が浮かんだ。
暫く時間を潰して、漸くバスが来た。
せかせかと乗車すると、既に乗客がいた。
どうやら最近巷を騒がしたランドではなく、海の方からの乗客だった。
木曜から夢の国へ逃避とは見上げたもんだ。
しかし今から逃避行をするわけだったので、少しだけシンパシーを感じてやった。
バスはさまざまな人を運んで夜の高速をひた走る。
きっと皆それぞれ考える事は異なっていて、
好きな人にこれから会う人も居れば、私の様に逃避行を決行しようとする人も居るんだろう。
そう思うと何処か仲間意識みたいな感情が勝手に湧いてきて、気持ちが良かった。
うとうとしていると、バスが停車した。
休憩の時間だ。
深夜バスは到着までに2回の休憩を挟む。
とはいえ時間は15分程なのでゆったり過ごせやしない。
だが私は必ず休憩時には一時下車をして、タバコを吸う。
一種のルーチンであるが、それは自分にとって“無ければならない”時間である。
職場で吸うタバコとは訳が違う。
コーンスープを急ぎ飲み干し、またバスに乗車する。
休憩がもう一度ある筈だったが、気付けば長野県に入っていた。どうやら眠りについてしまったらしい。勿体無さを感じつつも、旅の始まりを感じて浮き足立っていた。
--まもなくバスは長野駅東口に。
いそいそと支度する。
やっと旅の始まりだ。