信州旅行記 -準備編-
一週間前。
私は只疲れていた。
要因は上げればキリがない。
想い人から一日足らずで振られた事。
理解出来ず愚痴っていたらゼロかイチでしか考えられないから駄目なんだよ、と言われた事。
いびきがうるさく半日以上後輩達から詰られてしまった事。
ある程度の誇りを持って取り組んでいた仕事が“誰でも出来る”と吐き捨てられた事。
給与が低すぎる事。
仕事をしている夢を見ては朝を迎える事。
妹の出来の良さに劣等感を抱く事。
思ったより痩せない事。
何事にもやる気が起きない事。
全てが滑稽に思えてくる事。
勿論要因は全て自分に起因するものだ。
だが、何もかも大局的に捉えがちな私にとっては周りの世界は何処が歪で、ぐんにゃりと曲がっていた。
ふとWebブラウザの悪趣味な広告が下にスクロールされてくる様に、頭に記憶が流れ込んでくる。
満員電車では白目を剥いてみたり、細い目をこじ開けて瞬きをやめてみたりする。職場では良い年したおっさんの過去の自慢話や武勇伝を聴いては、全てをレシーブしてご機嫌を取る。
神や仏なんていやしない。列島から居なくなったんだよ、なんて妄言を友人に吐いていた。
早く誰かホーム上から突き落として欲しい。
なんて願うのは晩秋の頃からだったか。
決して己で命を絶たない中途半端な人間の成れの果て。
「来週私用でお休み致します。」
自らの意思で“休み”を取ったのは今の職に就いてから2度目だった。
旅先は何処にしよう。
青森、岩手、秋田が候補に浮かんでは消えた。
ふと浮かぶのは少年の頃。
まだ辛うじて虫や草木を掻き分けて行けたあの頃。
親戚の祖父に連れられ、胎内くぐりをした善光寺。
2km強の杉並木の道を歩き、結局お参りしなかった戸隠神社。
長野へ行こうと決意してからは、バスの予約も宿の手配もスムーズに事が進んだ。
少年時代の追憶をなぞるような行程にしよう。
そう思いながら旅の始まりまで日々を過ごした。