信州旅行記 -善光寺編-
私は神も仏も信じていない。
そう言い出したのは就活の頃、2年前だったか。
何をしても上手くいかない。
どうして自分はこんなに頑張っているのに報われないのだろう。
そんなエゴをぶつけるのには目に見えない超常的な何かが最適だった。
己の努力や練度が足りないからと認めてしまえば総てを投げ出すのは当然だったから。
そんな考えがいつのまにか脳裏に深く刻まれてしまった結果、今に至る。
午前5時、バスは長野駅に到着した。
これまで7時間を共にした朋友は皆散り散りに、何処かへ行った。
各々の旅が始まる時は淡々としている。
駅周辺はコンビニ以外何一つ開いていない。
肺を刺すような寒さが身に染みる。
一先ず、身体を暖める為に善光寺まで歩く事にした。
道中のコンビニでおやきを二つ買い、貪り買う。
店員に温めをお願いしたが、皮が厚いせいか若干冷たい。
これはこれで悪くない。
参道には宿坊があり、まだ日も上っていないのに頭の丸いガイドが案内をしていた。
ぼーっと寺を眺めたり、線香の香りを深呼吸していると横に居たスポーティな格好のオジサンが自撮りをして喋り始めた。
若干恥じらいがあるのか、声は小さくて聞こえなかったが恐らくFacebookにでも載せるのだろう。
そこまでするならやらなくて良いのに、何故見栄を張ってしまうんだと胸に秘めつつも呆けてきたら、その人に警備員が近づいた。
「お数珠ですか?お数珠なら並んでくださいね。」
善光寺では365日毎日朝のお勤めの際、
煌びやかな高僧が寺の真ん中を闊歩する。
その僧を求めて人は跪く。そして頭にお数珠をしゃんしゃんと受ける事で御利益を得るとか何とかあるそうだ。
詳しくは分からないが、兎に角そういうイベントを求めて朝っぱらから人がいるのだ。
横から見てるのも何か申し訳ないので、その場の空気で並んで私も跪いてみた。
勿論、私の様な若者はいない。
側から見れば極めて文化的で伝統を重んじる信徒の様に映るのだろう。
「ナンマンダブナンマンダブ」
私の頭に数珠が当たる。心なしか重い気がした。
その後並んでいた人々は早歩きで御堂に入る。
私もおいそれと追随してみる。
アーーー、オァーーーー。
ビブラートの効いた呻きの様な声が5分。
何十分もお経が響き渡る。
周りに合わせ拝んでみる。
内容はからっきし判らない。
でも何となく、ただ何となくスッキリした気がした。
区切りがつくと、一部の人が抜け出した。
それに乗じ、足の痺れを誤魔化しながら抜け出す。
気付けば7時半を回っていた。
そろそろ次の場所へ。
混みだした参道を逆方向へ進み、
長野駅へと引き返した。
信州旅行記 -出発編-
出発当日。
「明日休みか。羨ましいよ。」
隣のオッサンが羨望と嫉妬が混ざった様な目で話しかけてくる。
喧しいな、と思いつつもそう言ったら御自慢の鉄拳で殴るんだろうなあと思い、適当に往なす。
「御土産、買ってきますよ。今度は温泉饅頭で。」
仕事を定時で切り上げ、サッサと家に帰る。
バスは午後11時に川崎駅発だ。
最近は9時には眠りについていたが、
気持ちが高鳴り過ぎてしまい、8時半には家を出た。
パンパンに詰まったノースフェイスのリュックサックを背負い、出発まで川崎駅周辺を彷徨く。
小汚い格好の若者が馬鹿騒ぎし、
忘年会終わりのサラリーマン達が道を塞いでいる。
路面には吐瀉物、そして安物のチューハイの缶。
川崎には長年住んでいる故慣れていたが、
最近はもう歓楽街を歩く気力もないので、鬱陶しくて仕方なかった。
こんな所早くぶっ壊せば良いのに。
またお決まりの破滅願望が浮かんだ。
暫く時間を潰して、漸くバスが来た。
せかせかと乗車すると、既に乗客がいた。
どうやら最近巷を騒がしたランドではなく、海の方からの乗客だった。
木曜から夢の国へ逃避とは見上げたもんだ。
しかし今から逃避行をするわけだったので、少しだけシンパシーを感じてやった。
バスはさまざまな人を運んで夜の高速をひた走る。
きっと皆それぞれ考える事は異なっていて、
好きな人にこれから会う人も居れば、私の様に逃避行を決行しようとする人も居るんだろう。
そう思うと何処か仲間意識みたいな感情が勝手に湧いてきて、気持ちが良かった。
うとうとしていると、バスが停車した。
休憩の時間だ。
深夜バスは到着までに2回の休憩を挟む。
とはいえ時間は15分程なのでゆったり過ごせやしない。
だが私は必ず休憩時には一時下車をして、タバコを吸う。
一種のルーチンであるが、それは自分にとって“無ければならない”時間である。
職場で吸うタバコとは訳が違う。
コーンスープを急ぎ飲み干し、またバスに乗車する。
休憩がもう一度ある筈だったが、気付けば長野県に入っていた。どうやら眠りについてしまったらしい。勿体無さを感じつつも、旅の始まりを感じて浮き足立っていた。
--まもなくバスは長野駅東口に。
いそいそと支度する。
やっと旅の始まりだ。
信州旅行記 -準備編-
一週間前。
私は只疲れていた。
要因は上げればキリがない。
想い人から一日足らずで振られた事。
理解出来ず愚痴っていたらゼロかイチでしか考えられないから駄目なんだよ、と言われた事。
いびきがうるさく半日以上後輩達から詰られてしまった事。
ある程度の誇りを持って取り組んでいた仕事が“誰でも出来る”と吐き捨てられた事。
給与が低すぎる事。
仕事をしている夢を見ては朝を迎える事。
妹の出来の良さに劣等感を抱く事。
思ったより痩せない事。
何事にもやる気が起きない事。
全てが滑稽に思えてくる事。
勿論要因は全て自分に起因するものだ。
だが、何もかも大局的に捉えがちな私にとっては周りの世界は何処が歪で、ぐんにゃりと曲がっていた。
ふとWebブラウザの悪趣味な広告が下にスクロールされてくる様に、頭に記憶が流れ込んでくる。
満員電車では白目を剥いてみたり、細い目をこじ開けて瞬きをやめてみたりする。職場では良い年したおっさんの過去の自慢話や武勇伝を聴いては、全てをレシーブしてご機嫌を取る。
神や仏なんていやしない。列島から居なくなったんだよ、なんて妄言を友人に吐いていた。
早く誰かホーム上から突き落として欲しい。
なんて願うのは晩秋の頃からだったか。
決して己で命を絶たない中途半端な人間の成れの果て。
「来週私用でお休み致します。」
自らの意思で“休み”を取ったのは今の職に就いてから2度目だった。
旅先は何処にしよう。
青森、岩手、秋田が候補に浮かんでは消えた。
ふと浮かぶのは少年の頃。
まだ辛うじて虫や草木を掻き分けて行けたあの頃。
親戚の祖父に連れられ、胎内くぐりをした善光寺。
2km強の杉並木の道を歩き、結局お参りしなかった戸隠神社。
長野へ行こうと決意してからは、バスの予約も宿の手配もスムーズに事が進んだ。
少年時代の追憶をなぞるような行程にしよう。
そう思いながら旅の始まりまで日々を過ごした。
11月4日の日記
実家にいれば否応無しに“予定”について聞かれる。
「何処に行くの」と訊かれれば「何処かへ」と答え、結局何処にも行かない。行く時もあるが、結局行くあてなどない。
システマチックに生きたくないが故、精一杯の抵抗をしてみる。
ギターを買ってみたり、昔勤しんだ懐かしいゲームを友達とやってみたりする。昔の学友と会ってああでもないこうでもないと下らない話をする。
あれ程有り得ない未来を望んでいたのに、
結局の所未だに過去に囚われている。
そのままで良い、と自分に言い聞かせ続けながら。
折角の日曜日もベッドの上で終わってしまった。
沢山の営みの中、時事も思考もシャットアウトしていた。
仕事に追われる事無く、ストレスに追われる事無く、何も考えなくて済む時間は素晴らしいひと時だと思う。
思えば10月は色々な事があった。
例えば、久々に人を好きになった。
結果は散々なものだったが、それ故に得られる物もあったし、失った物もあった。
自分にとっては、良い経験となったと思っている。
だが“騒ぎ”過ぎてしまったようだ。
どうして駄目だったのか、どうすればこの虚しさを解消出来るのかを思考する過程で、また色々な人達に窘められてしまった。
“考え過ぎ”と。
また聞き覚えのある言葉だ。
もう聞き飽きている。
後何年生きるのかは分からずとも、
確実に何度も何度も聞くであろう言葉。
もう一生このまま治らないだろう。
別にそれでいいや、と思う。
何を言われようが、何を考えようとも、気を留める事無く世界は穏やかに終わりに向け流れ続ける。
マクロ的観点でみれば極めて小さい物だ。
自分の抱えてる問題でさえ、塵に過ぎない。
だから別に考え過ぎても問題は無いし、
逆に全て放棄してしまっても良い。